鳶と火消し

[03/03/18]


■鳶職人は「現場の華」

建築現場で鳶職といえば高い所で作業をする職人というのが一般的なイメージですが、例えば高層建築物の場合、まず最初に工事現場に入って囲いの棚を組むのも鳶の人たち。

それから既存の建物を解体撤去し、タワークレーンを組み立て、鉄骨を組み上げ、さらに他の作業をする人のための足場の組み立てや解体をするのも鳶職人の役目です。つまり、鳶職人が建築工事を先導し、危険な作業をこなして解体撤去まで担う建築現場の花形なのです。

■インフラ整備も鳶職人の仕事

鳶職人が「とび」と呼ばれるようになったのは江戸時代以降のこと。代表的な道具であった鳶口(とびぐち*)

からの命名のよう。

江戸時代は家を建てる以外にも橋や井戸の屋根、上下水道の樋(とい)やどぶ板などの作製、保守(驚くことに江戸の町には上下水道が完備されていました)も、大工と協力して鳶職人が担っていたといいます。今でいうインフラですね。

*長い柄の先端に鳶のくちばしのような鉄製のカギがついた道具で、木材に引っかけて移動や運搬、建築物の解体などをした。

■火消しとして江戸で大活躍

そして鳶職のもうひとつの大きな役割が「火消し」です。とにかく火事の多かった江戸の町には町ごとに町火消しという消防組織があり、火事と聞けば鳶職人が鳶口を手に現場に駆けつけ、纏(まとい)を振りかざして命がけで火を消し止めたのです。

鳶職人が火消しとして適任だったわけは、江戸時代の消火活動が家屋を壊して延焼を防ぐ「破壊消防」だったから。家屋の構造に詳しく、高所の作業にも慣れた鳶職人はいわば緊急解体のプロ。

当時の鳶の服装はとても派手な絵柄の羽織姿で、いざ火消しのときには裏返して紺地の火消し装束としました。終わればさっとまた絵柄に戻すという格好よさでしたから、江戸の女性たちにはたいそうモテたようです。

■今も残る伝統や文化

危険な仕事をこなすプロとしての誇りの表れか、今も鳶職人にはファッションにこだわる方が多いですね。また消防出初式で披露される梯子乗りや樋舞い、祭りや地鎮祭、棟上げで歌われる木遣(きや)り唄(もとは労働歌)など、鳶職人の文化は今も私たちの暮らしの中に受け継がれています。

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